MARUKICHI YADO
まるきち宿
過去の記憶を残しながら、新たな出会いを迎える場所。まちと外の結び目となる移住体験住宅を。
担当
鳥羽設計室
忘れられた場所から、きっかけの場所へ。
2022年春、「アワヘイの蔵」を竣工させた鳥羽設計室は、未来会議やワークショップを通して鳥羽なかまちのことを改めて知り、自分たちに何ができるのかを考える時間を過ごした。
なかまちは、まちを盛り上げるために外部から人を呼び込もうとしている活気あるまちである。しかし、実際にまちの人と関わり話をするなかで、まちの人のなかでもまちづくりに対する意識の差が大きいことが、今のなかまちの課題ではないかと我々は考えた。
そこで立ち上げたのが、「まるきち」という物件の改修プロジェクト。
なかまちのメインストリートに位置する空き家「まるきち」。かつては文房具屋として人々に愛されていたが、今では持ち主を失い、荷物が無造作に置かれ、人が暮らしていた跡を残しながらも物置と化していた。
そんな中、Airbnb(エアビーアンドビー)として人気のゲストハウス・リドポルテ、鳥羽市が運営する長期滞在者用の宿泊施設に続き、2週間程度の中期滞在者のための移住体験施設をこの空き家につくるのはどうかというまちの声が上がっていた。
移住体験者の存在こそがまちの人の意識を変えるきっかけになりうる。そう思った我々は、2023年秋、このプロジェクトを請け負うことを決めた。
新たな糸と、変わらない記憶。
なかまちでは高齢化や空き家の増加による過疎化の進行がみられる。
しかし、まちに生き続けてきた人々の暮らしは決して忘れ去られることはない。空き家を完全に新しく作り変え、他地域からの新たな住民を受け入れるのは、まちの価値観に対して寂しさを感じることだと思った。
過去の思い出や記憶を残しつつ、空き家に新たな価値を生み出したい。
そこで、すべてを一新するのではなく、一部分だけを改修することで、古いまちと新しいまちが調和する場所をつくる。
家の骨組みや構造を象徴する柱や梁などは改修の手を加えずに過去の記憶を受け継ぎつつ、古びて閉鎖的な印象を与えている扉や窓は撤去し新しく開放的なものに変えることで、新たな空間を形成する。そこに移住者の存在が加わり、新たな糸として残されたまちの記憶に結びついていく。
少しずつ、しかし確かに新たな糸が紡がれていくこの宿は、過去と未来が交差する場所として、まちに新たな記憶を生み出し重ねていくだろう。